「流浪の月」凪良ゆう ─ 世界があなたにどんなラベルを貼っても、あなたの中の事実は消えない

2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうの『流浪の月』を、いまこのタイミングであなたに届けたい。

受賞から5年が経ったいまも、この物語は少しも色褪せていない。むしろ、読まれるべき必然性を増し続けているとさえ感じる。社会がますます「わかりやすい悪者」を求め、SNSが瞬時にラベルを貼り付けるこの時代に、この本は静かに、しかし確実に問いかけてくる——「あなたは、本当のことを見ようとしているか?」と。

あらすじ:「誘拐犯」と「被害者」のはずだった、ふたり

主人公は家内更紗(かない さらさ)、10歳。親戚の家を転々とするうちに居場所を失いかけていたある夜、彼女は自分の意思で、公園で静かに本を読んでいた19歳の青年・佐伯文(さえき ふみ)についていく。

文の小さなアパートでの2ヶ月間は、更紗にとって人生で初めて「安心して息ができる」時間だった。しかし二人はやがて発見される。世間はこれを「誘拐事件」として報道し、文は「加害者」として裁かれ、更紗は「被害者」としてその後の人生を歩まざるを得なくなる。

15年後。大人になった更紗は、偶然にも文と再会する。あの日から何も変わっていない世間の眼差し。でも、彼女の中の事実も、何も変わっていない。この物語は、そこから始まる。

読みどころ①:「善意の暴力」という名の傷

この物語が突きつけてくる最も鋭い刃は、悪意を持った人間ではなく、善意を持った人間が与える傷だ。

更紗の周囲には、本当の意味での悪人がほとんど登場しない。彼女の恋人も、友人も、支援者も、みんな「更紗のために」行動する。しかしその「ために」が、何度も何度も彼女を追い詰めていく。その構造は、読んでいると背筋が寒くなるほどリアルだ。

「あなたを守りたい」「あなたのことがわかる」「あなたが正しい選択をできるよう助けてあげる」——これらの言葉がどれほど暴力になり得るか、凪良ゆうは一切の説明を排し、ただ場面として積み重ねていく。読者はある時点で気づく。善意こそが、最も人の内側を侵食することがあると。

読みどころ②:「愛」の定義を問い直す

文と更紗の関係は、世間が思い描くような「恋愛」ではない。性的な意味でも、保護者と子供という意味でも、既存のどのカテゴリにも収まらない。そしてそれは作中でも、最後まで丁寧にそのまま置かれる。

しかし、ふたりの間には確かに何かがある。それを「愛」と呼ぶことに著者は躊躇しない。ただし、その愛は社会が「正しい愛の形」として認めるものとは異なる。

この物語が問うのは「その愛は正しいか」ではなく、「誰かの愛の形を、あなたは否定できるのか」という問いだ。凪良ゆうは答えを押しつけない。ただ、読者の中に問いを置いていく。そしてその問いは、読み終えてからも何日も、何週間も、消えないでいる。

読みどころ③:静かな文章が、際限なく揺さぶる

この作品の語り口は、とにかく静かだ。激しい出来事が連続する物語でありながら、凪良ゆうの筆は感情的な煽りを一切排し、淡々と「あったこと」を書き続ける。怒りも、悲しみも、著者は演出しない。

この抑制が、逆に読者の感情を際限なく揺さぶる。著者が叫ばないから、読者が叫びたくなる。著者が怒らないから、読者が怒りを感じる。この逆説的な静けさが、本屋大賞という「書店員が最も売りたい本」の選定において、多くの本好きの心を動かした理由だと思う。

映画化されても、原作を読んでほしい理由

2022年5月、この作品は映画化された。広瀬すず・松坂桃李主演、李相日監督。映像化としての評価も高く、多くの人がスクリーンで更紗と文の物語を目撃した。

それでも、原作を読んでほしい。理由はひとつだ。更紗の「内側の声」は、文字でしか伝わらないから。映像は「外から見た事実」を映すのが得意だ。でも凪良ゆうが書いたのは「内側から見た事実」であり、それは更紗の地の文を通じてしか届かない。映画を観た方こそ、ぜひ原作を手に取ってほしい。同じ物語の、まったく違う体験が待っている。

こんなあなたに読んでほしい

  • 「普通じゃない」と言われたことがある人
  • 誰かを「助けよう」としたことがある人、またはされたことがある人
  • 「社会の常識」と自分の感覚がずれていると気づいている人
  • 愛の形はひとつではないと、うっすら感じている人
  • 「本屋大賞って大げさでしょ」と思ってまだ読んでいない人

ひとつ正直に言っておくと、すっきりした結末や道徳的な答えを求めている方には向かないかもしれない。この本は問いを残していく本であって、解決策を提示する本ではないから。でもそれがこの本の誠実さだと、私は思っている。

のこのこ書店からひと言

この本を初めて読んだとき、読み終えた後しばらく本を閉じられなかった。正確に言えば、閉じた後も物語が頭の中で動き続けていた。更紗の選択の意味を、文の沈黙の理由を、何度も何度も反芻した。

「本屋大賞受賞作」というラベルがついているせいで、かえって手に取るのをためらっている方もいるかもしれない。「話題作は大げさなんじゃないか」と。でもこれは、そういう本じゃない。静かで、誠実で、読んだ後にあなたの中に長く残り続ける本だ。ぜひ、一度手に取ってみてほしい。

当店は小説とエッセイを中心に、独立系出版社の本を大切に扱う小さな本屋です。『流浪の月』のような、一冊であなたの物の見方を静かに変えてしまう本を、これからも丁寧に選んでいきます。在庫が入り次第、オンラインストアでご案内します。入荷情報はプロフィールのリンクからご確認ください。

書誌情報|著者:凪良ゆう / 出版社:東京創元社 / 初版:2019年8月 / 本屋大賞2020年受賞

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