あなたには、学校に行けなかった時期があるだろうか。
教室に入れなかった朝のこと。給食の時間、自分の机だけが空いているのを誰かに見られる気がして、外に出るのが怖かったこと。あるいは、誰にも言えない理由で、「ふつう」の場所にいられなかったこと——。
辻村深月の小説『かがみの孤城』(ポプラ社)は、そういう時間を過ごしたすべての人に、静かな光を当てる本だ。2018年本屋大賞受賞。それは権威ではなく、「読んでよかった」と言う人の数の多さで選ばれた、という事実として受け取りたい。
7つの鏡と、城の中の7人
物語の主人公は、中学1年生のこころ。ある出来事をきっかけに学校へ行けなくなった彼女の部屋の鏡が、ある朝突然輝き始める。恐る恐る鏡を触ると、そこは異世界——赤い絨毯が敷かれた、おとぎ話のような城だった。
城には、こころと同じように「学校に行けない」7人の中学生が集められていた。事情はみんなバラバラだ。理由を話す人もいれば、話さない人もいる。それでいい、と城の管理人である謎の「オオカミさま」は言う。
「城の中のどこかに隠された鍵を見つければ、どんな願いもひとつだけ叶えてあげる。ただし、期限は3月30日まで」
鍵を探しながら、7人は少しずつ打ち解けていく。互いの秘密を知り、怒り、泣き、笑う。城だけが、彼らにとっての「学校」になっていく。
この小説が届く場所
なぜ、この小説が本屋大賞を受賞したのか。読めば、わかる。
それは、読んでいる自分自身が「こころ」になるからだと思う。
不登校でなくても、「本当の自分を出せない場所」にいた経験は、ほとんどの人が持っているはずだ。クラスで浮いていた記憶、職場で嘘の笑顔をしていた時間、家の中でさえ本音を言えなかった夜。人間は誰しも、どこかの「こころ」として生きてきた。
辻村深月は、そういう痛みを書くのが圧倒的にうまい作家だ。登場人物たちの傷の描き方が細かく、正直で、「あ、これは私のことだ」と思わせる力がある。読みながら、自分がずっと無視してきた感情を思い出す。それが、この小説の怖さでもあり、優しさでもある。
ラストで明かされる、真実の意味
この小説の核心は、最後の「種明かし」にある。
ネタバレは書けないが、物語の終盤で7人の関係性の「真相」が明かされるシーンは、ミステリとしての構造の巧みさと、感情的なカタルシスが同時に訪れる瞬間だ。「ああ、全部ここに向かっていたのか」と気づいた時、涙が出るとかではなく、胸の奥が熱くなるような感覚がある。
辻村深月はこの小説について、「学校は、居場所ではない人にとっては地獄にもなる。でも、どこかに居場所は必ずある」という思いで書いたと語っている。その思いは物語のすみずみにまで行き渡っていて、読後感はとても静かで、温かい。
「学校」という社会の縮図を、ファンタジーで描く理由
この小説がリアリズムではなく、ファンタジーの形式を取っているのには意味がある。
学校という場所は、子どもにとって「社会のすべて」に見える。大人になれば逃げ出す選択肢があることがわかるけれど、中学1年生にはそれが見えない。城というファンタジー空間は、「学校の外に居場所がある」ことを象徴的に示している。鏡の向こう側が開く、というイメージは、自分の中に閉じ込めていた感情が外に出ていくことの比喩でもある。
また、7人が城で過ごす時間は、現実の世界では1日も経過しない。これもまた、現実から切り離された「安全な時間」として機能している。現実の傷を抱えたまま、城でだけは素直になれる。その構造が、読者を安心させ、7人への共感を深める。
こんな人に読んでほしい
- かつて学校に居場所がなかった人
- 今も「本当の自分を出せる場所」を探している人
- 子どもの不登校に、どう向き合えばいいかわからない親御さん
- 辻村深月をまだ読んだことがない人(入門作として最高の一冊)
- 久しぶりに小説を読もうと思っている人
どの読者層にも届く間口の広さがありながら、読み終えた後に「これは自分のために書かれた」と感じさせる個人的な深さを持っている。そういう小説は、そう多くない。
読み終えた後の世界が、少し変わる
『かがみの孤城』を読み終えた後、自分の中で何かが変わっていることに気づく。
それは感動の余韻というよりも、「あの7人は今も、城の中でゲームをしているかもしれない」という、ほんの少しの確信に近い感覚だ。フィクションとわかっていても、彼らのことを信じたくなる。そういう読後感を持てる小説は、なかなかない。
鏡の向こうに城がある。城には、あなたと同じ傷を持った誰かがいる。それを知るだけで、少しだけ生きやすくなる気がする。
辻村深月『かがみの孤城』——まだ読んでいない方には、ぜひ今夜、手に取ってほしい。
著者:辻村深月 出版社:ポプラ社 発行年:2017年(単行本)/ 2021年(文庫) 受賞:2018年本屋大賞
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