このタイトルに、胸がざわっとした。
「そんな言葉があることを忘れていた」——何かを具体的に言っているわけじゃない。でも、確実に何かを指している。むかし使っていた言葉。感じていた質感。いつの間にか棚の奥に追いやって、存在すら忘れていたもの。それが、このタイトルを目にした瞬間、ぼんやりと輪郭を取り戻す気がした。
せきしろという書き手
せきしろは、自由律俳句と散文を行き来しながら、日常のなかのひそかな手触りをすくい取ってきた作家だ。又吉直樹との共著『カキフライが無いなら来なかった』や『まさかジープで来るとは』(いずれも幻冬舎)で広く知られるようになったが、もともとは俳人として活動し、短い言葉のなかに、名前のつかない感情を閉じ込めることを続けてきた。
せきしろの言葉には、派手さがない。代わりに、精度がある。コンビニのレジ待ち、電車の車窓、誰もいない夕方の公園——そういう場所に漂う、誰も呼ばなかった感情を、静かにすくいあげる。読んで「そうそう、こういう感じ」とつぶやきたくなるような、そんな書き手だ。
日常に眠っていた言葉との再会
『そんな言葉があることを忘れていた』は、書肆侃侃房から刊行されたエッセイ・随筆集だ。日常のささやかな発見を綴る、せきしろらしい一冊。
「忘れていた」という感覚は、喪失じゃない。再会だ。かつてそこにあったものが、ずっとそこで待っていてくれた——そういう温度がある言葉だと思う。この本が届けるのは、そういう種類の小さな驚きと、じんわりとした懐かしさではないかと想像している。
日常を急ぎ足で駆け抜けていると、言葉の感触を忘れる。何かを感じたけれど名前がつけられなくて、やがてその感覚ごと流してしまう。このエッセイを読む時間は、そういう流れていったものを、少しだけ取り戻す時間になるかもしれない。
こんな方に
- せきしろの俳句・エッセイが好きな方
- 最近、言葉を感じる余裕がなくなったと感じている方
- 書肆侃侃房の本を集めている方
- 長い小説より、短い言葉をじっくり味わいたい方
のこのこ書店より
書肆侃侃房は、福岡を拠点とする独立系の出版社。詩・文芸・現代文学の分野で、個性的な本を届け続けてきた。大手取次に頼らない流通も持ち、「この本を、ちゃんと届けたい」という意志が本の佇まいにも滲んでいる出版社だ。のこのこ書店がこういう本を仕入れるのは、その意志を店として受け取りたいからでもある。
現在1冊のみ在庫あり。せきしろのエッセイに興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。
『そんな言葉があることを忘れていた』(楽天ブックス / Amazon)
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