「わたしの農継ぎ」高橋久美子|詩人が向き合う、農を継ぐという生き方

「自分が農業を継ぐなんて、考えたことがなかった」——そんな言葉から始まる人生の転換を、チャットモンチーのドラマーとして、詩人・作詞家として知られる高橋久美子が書き綴ったのが本書『わたしの農継ぎ』だ。

愛媛県西条市に生まれた彼女は、長年東京で音楽と言葉の仕事を続けてきた。しかし実家の農地、年老いていく親、誰も継がなければ消えていく土との関係——その問いが少しずつ、リアルな重さで迫ってくる。

「継ぐ」とは、義務ではなく選択だ

農業を継ぐと聞くと、「重い」「縛られる」という印象を持つ人も多いだろう。しかし本書を読んでいると、その印象が少しずつ変わっていく。著者が農業に向き合うとき、そこにあるのは義務感ではなく、土と生き物と季節への愛着だ。

詩人としての目線が、農作業の場面をまったく別の光で照らす。種を播く手の感触、雨の匂い、収穫の瞬間の手応え——都市生活の中では素通りしてしまうような時間が、高橋久美子の文章を通すと、不思議なほど輝いて見える。

地方出身者の「帰ること」と「離れること」

地方出身で都市に暮らす人なら、誰もが一度は考えるはずだ。実家をどうするか。親をどうするか。自分が生まれた場所と、どう向き合うか。

本書はその問いに正解を出さない。「農業を継げ」とも「離れていい」とも言わない。ただ、一人の人間が自分の生き方として農業と向き合う過程を、誠実に描く。だからこそ、読んだあとに長く残るものがある。

農業に縁がない人こそ、読んでほしい

農業経験がなくても、地方出身でなくても、この本はするすると読める。それは著者の文章が、農業の話ではなく「自分の根っこと向き合う話」として書かれているからだ。

仕事、家族、場所——自分には何が「継ぐべきもの」として残っているか。そんな問いを、静かに手渡してくれる一冊だ。

書店からひとこと

うちに入荷してから、ずっとスタッフの間で話題になっている本です。高橋久美子さんの文章は、詩人の目が宿っている。農作業の描写がいちいち美しくて、読んでいると土を触りたくなってくる。エッセイとして純粋に面白いし、何かを「継ぐ」ことを考えている人には特に刺さると思います。在庫僅少です。

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