言葉と仕事と日常——くどうれいん・ひらいめぐみ・せきしろ、3冊のエッセイが教えてくれること

エッセイを読むとき、わたしたちは誰かの日常の縁に腰掛ける。特別な出来事でも劇的な転換でもなく、ふとした発見や感情の揺れを、その人の言葉で受け取る時間。本屋のこのこの棚に並ぶ3冊のエッセイは、それぞれまったく違う場所から、でも同じくらい正直に、わたしたちの毎日に語りかけてくる。

くどうれいん『桃を煮るひと』(ミシマ社)

詩人・小説家として知られるくどうれいんが、日常の小さな喜びを丁寧に拾い集めた一冊。桃を煮る、という行為に宿る時間の重さ、食べることと生きることへのまなざしが、透き通った文体で綴られている。

くどうさんの言葉は、いつも少しだけ角度がちがう。日常の当たり前の場面に立ち止まり、「あ、ここにこんなものがあった」と気づかせてくれる。読み終えると、自分の毎日もすこしだけ豊かに見えてくる。詩集や小説でくどうれいんを知っている人にも、まずエッセイから入りたい人にも、どちらの入り口としても機能する作品だ。ミシマ社らしい丁寧な造本も、手に取る理由のひとつ。

こんな人に:日常の中に小さな発見を探している人。くどうれいんの詩・小説を読んだことがある人。食べることと生きることについて考えたい人。

ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)

何度も転職を繰り返してきた著者が、仕事・キャリア・人生についてフラットに書いたエッセイ集。「転職がうまくなる」という逆説的なタイトルが示す通り、本書は成功談でも自己啓発でもない。むしろ、うまくいかないことと共に生きることの正直な記録だ。

キャリア論として読むこともできるが、それ以上に「自分の人生をどう扱うか」という問いへの誠実な向き合い方として響く。仕事に行き詰まっているとき、なぜか救われる一冊。百万年書房の本らしく、文章の温度が均一で、最後まで飽きない。「ちゃんとしなければ」というプレッシャーを少しほぐしてくれる、今の時代に必要なエッセイだと思う。

こんな人に:転職経験がある、またはこれから考えている人。仕事と自分の折り合いがうまくつけられていない人。自己啓発本ではなく、正直な仕事エッセイを読みたい人。

せきしろ『そんな言葉があることを忘れていた』

自由律俳句の作り手でもあるせきしろによる、日常のなかの「忘れていた言葉」を拾い集めたエッセイ。タイトルからして詩的で、読む前から少し胸がざわつく。

日常の中にあるのに、いつの間にか使わなくなった言葉。そういう言葉に再び光を当てる行為は、単なるノスタルジーではなく、いまの自分を問い直すことでもある。短い文章が積み重なるスタイルで、電車の中でも布団の中でも読める。「なんか最近、言葉が足りていない気がする」と感じる人に、特に届いてほしい一冊。

こんな人に:言葉や文章が好きな人。せきしろの俳句・著作を読んだことがある人。短くて深い文章が好きな人。

この3冊に共通すること

3冊に共通するのは、「うまく生きる方法」を教えないということ。くどうれいんは日常の発見を、ひらいめぐみは仕事の不格好さを、せきしろは忘れかけた言葉を——それぞれが、正直なまなざしで自分の周りを見ている。

エッセイはフィクションではない。その人が本当に見たもの、感じたことが、そのまま言葉になっている。だからこそ、読んでいるうちに「自分も同じだった」「自分は違うな」と、自分自身のことを考えはじめる。

本屋のこのこでは3冊とも取り扱い中です。ぜひ手に取って、最初の1ページを読んでみてください。