『さくら』を書いた人が、土を耕す。——高橋久美子『わたしの農継ぎ』

森山直太朗の「さくら(独唱)」。春になると必ずどこかで流れるあの曲の歌詞を書いたのが、作詞家・作家・詩人の高橋久美子さんだ。

愛媛県西予市出身。数多くのアーティストに楽曲を提供し、詩集やエッセイも手がけてきた彼女が、今度は「農業継承」をテーマにした一冊を届けてくれた。それが、『わたしの農継ぎ』だ。

「農継ぎ」という選択

農業を継ぐ、という話を聞いて、多くの人は何を思うだろう。「大変そう」「後継者不足の問題」「若い人が地元を離れていく話」——そういった言葉が浮かぶかもしれない。

でも高橋久美子さんが書くのは、もっと手触りのある話だ。親から子へ、あるいは誰かから誰かへと引き継がれる「土地との関係」「季節の感覚」「食べものを育てるという行為」——そこに宿っているものを、作家の目で、詩人の言葉で捕まえようとしている。

農業は「待つ仕事」だ。種を蒔いたら、土の中でじっくりと根が張るのを待つ。どれだけ急かしても、苗は人間のスケジュールに合わせてくれない。雨が続けば作業が止まり、強風が来れば心配でたまらない。収穫の喜びも、失敗の悔しさも、長い時間の積み重ねの上にある。

そういう時間の流れ方を、この本は静かに教えてくれる。

言葉を書く人が、農業と向き合うということ

高橋久美子さんは、作詞家として長年言葉の仕事を続けてきた。音楽の中で生きる言葉は、一瞬で人の心に刺さることを求められる。短く、鮮明に、印象に残るように。

一方で農業は、時間をかけてゆっくりと積み重ねる仕事だ。土を耕し、肥料を入れ、水をやり、草を抜き——何ヶ月もかけて、ようやく食卓にたどり着く。

言葉の仕事と農業。一見まったく違うこの二つを、高橋さんは行き来しながら生きてきた。その視点があるからこそ、この本には独特の奥行きがある。「土をさわること」の意味を、誰よりも言語化できる人が書いたエッセイだから。

故郷と向き合うということ

地方出身で都市に暮らしている人なら、誰しも一度は考えたことがあるのではないか。実家のこと、故郷のこと、親のこと。

高橋久美子さんの出身地、愛媛県西予市は、四国の山あいの町だ。豊かな自然があり、農業が地域の暮らしを支えてきた場所。その土地で育って、創作の仕事をしながら、「農業を継ぐ」という選択をした彼女のことばは、故郷と自分の関係を問い直したい人に深く刺さると思う。

離れていても、土地はずっとそこにある——そういう感覚を改めて確かめたくなる一冊だ。

こんな人に読んでほしい

  • 地方出身で、実家や故郷との距離を感じている人
  • 農業・食・里山の暮らしに興味がある人
  • 「便利さ」より「豊かさ」を考えはじめた人
  • 高橋久美子さんの言葉・作品が好きな人
  • 先祖や家族から何かを「継ぐ」ことについて考えている人

のこのこ書店で手に取ってみてください

『わたしの農継ぎ』は、のこのこ書店の棚に在庫があります。

読み終えたあと、ゆっくり時間が流れる感覚がある本だと思います。農業のことはよく知らなくても、「誰かが大切にしてきたものを引き継ぐ」という感覚は、きっと誰にでも響くはず。

ぜひ手に取ってみてください。

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