チャットモンチーの久美子さんが田んぼに立った理由——高橋久美子『わたしの農継ぎ』

農業を「継ぐ」という話を、どこか遠い世界のこととして聞いていなかっただろうか。

でも、この国のどこかで誰かが必ず引き受けてきた仕事——それが農業だ。高橋久美子さんは愛媛県の実家の農地を引き継ぎながら、音楽家・詩人として鍛えてきた言葉で、その体験を丁寧に書き記した。それが『わたしの農継ぎ』という一冊だ。

著者・高橋久美子という人

高橋久美子さんといえば、2000年代に「チャットモンチー」のベーシスト・作詞家として一世を風靡したミュージシャンだ。愛媛県西条市出身。バンド活動終了後は詩人・作家に転身し、エッセイ集『旅を栖とす』や詩集『今夜 凶暴だから わたし』など、言葉と暮らしに根差した作品を発表し続けている。

彼女の書く言葉は短くて鋭い。詩人らしく無駄がなく、でも温かい。都市と地方を行き来しながら「生きること」「作ること」を問い続けてきた彼女が、次に選んだ問いが「農業を継ぐとはどういうことか」だった。

農を継ぐ、という選択

日本の農業は今、深刻な担い手不足に直面している。農家の高齢化、農地の荒廃、若者の離農——そんな問題が毎年ニュースに流れる。でも、高橋さんはそれを「社会問題」として語るのではなく、自分の体を使って引き受けた。

土を耕し、水を引き、稲の成長を待つ。音楽をつくることと農業をすることは、どこかで重なっているのではないか——そんな問いを、田んぼに立ちながら探っていく。

農作業の疲れの中にある充実感、季節の変化に体ごと引っ張られる感覚、親や祖父から受け取るものの重さ——それらが、詩人の目線で綴られる。農業の体験記でありながら、「生きることへの哲学書」として読める一冊だ。

この本が問いかける「継ぐ」という行為

「継ぐ」という言葉には、受け取ることと渡すことが同時に含まれている。

農地を継ぐとは、先人が守ってきた土地と時間を受け取り、次の誰かへと渡すことでもある。高橋さんはその連鎖の中に自分の体を置きながら、「表現する」ということの意味も問い直していく。

音楽も、農業も、誰かが積み上げてきたものを受け取り、自分なりに形にして渡していく行為なのかもしれない。そんな普遍的なテーマが、愛媛の田んぼから立ち上がってくる。

こんな人に読んでほしい

  • チャットモンチー・高橋久美子さんのファン
  • 農業や地方移住・田舎暮らしに関心がある人
  • 「仕事の意味」「受け継ぐこと」を考えている人
  • 毎日の暮らしから少し距離を置いて、根っこのものを見つめ直したい人
  • 農業を体験したことはないけれど、土に近い暮らしに憧れを持っている人

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『わたしの農継ぎ』は、のこのこ書店で現在在庫2冊取り扱い中です。

都市に暮らしながらも、どこかで「土」「季節」「継ぐこと」に引っかかりを感じている方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。ページをめくるたびに、愛媛の風が吹いてくるような読書体験を、のこのこ書店からお届けします。

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