言葉と書物の間で生きる——小津夜景『書庫に水鳥がいなかった日のこと』

このタイトルに出会ったとき、しばらくそこで立ち止まってしまった。「書庫に水鳥がいなかった日のこと」——なんと不思議な響きだろう。書庫に水鳥がいる、という前提がまず奇妙だ。そして、その鳥が「いなかった日」のことをわざわざ書く、という視点の妙。タイトルだけで、この本の世界に引き込まれてしまう。

フランスの光の中で綴られる言葉

著者の小津夜景は、フランス・ニースに暮らす俳人・エッセイストだ。俳句という、極限まで削ぎ落とされた詩形を愛しながら、同時に書物の迷宮をこよなく愉しむ。日本語とフランス語のあいだで生き、書き続ける——その独特の立ち位置が、文章全体に独自の光を与えている。

異国で日本語を書くとはどういうことか。ニースの光の中で綴られた言葉は、日本の街の中で書かれる言葉と何かが違うはずだ。言語は使う場所によって変容する。その微細な「違い」を小津夜景は鋭敏に感じ取り、言葉にしていく。それがこの本を読む大きな喜びのひとつだ。

彼女は以前のエッセイ集『カモメの日の読書』で、地中海の港町を飛び交うカモメたちと本の話をからめながら、読書の喜びを軽やかに綴った。水鳥は彼女の書く世界に繰り返し現れるモチーフだ。海と本、異郷と言語——そういったものが彼女の文章の底に流れる水脈である。

書くことと読むことへの、静かな探求

本書は「書くこと」「読むこと」「言葉そのもの」への、静かで深い探求の記録だ。エッセイといっても日記的な軽さはない。一篇一篇が丁寧に彫琢された文章で、読み進めるたびに、言語というものの不思議さ、本というものが持つ引力を再発見させてくれる。

詩歌はどのように世界を切り取るのか。翻訳とはどういう行為なのか。書庫に積まれた本たちは何を語りかけてくるのか。こういった問いが、小津夜景独自の繊細で知的な文体で展開される。難解ではない。むしろとても読みやすい。でも読み終えた後、何か深いものを受け取ったという感覚が確かに残る。

「水鳥がいなかった日」というのは、いつも当たり前にそこにあると思っていたものが、突然不在になる日のことではないだろうか。言葉が出てこない日、言語が信頼できなくなる瞬間、本に寄りかかれない夜——そういった「不在」を見つめることで、逆に「在るもの」の豊かさを照らし出す。そんな逆説的な視線が、この本を読む手がかりのひとつだと思う。

俳句は「余白」の文学だと言われる。書かれていないことの中にこそ、意味が宿る。そのセンスがエッセイという形式に注ぎ込まれると、こういう本になる——読み終えた後に、不思議な余韻が長く続く本に。

書肆侃侃房という出版社を信頼する理由

この本を出版した書肆侃侃房は、福岡を拠点とする独立系出版社だ。現代詩・俳句・文芸を中心に、大手流通に乗りにくくても確かに存在すべき本たちに居場所を与え続けてきた。

私たちの本屋が書肆侃侃房の本を積極的に仕入れる理由は、その目利きへの信頼にある。売れ線を追わず、言葉と誠実に向き合う作家と作品を選ぶ。その姿勢が、本屋として共鳴できる部分だ。角川・集英社・講談社といった大手が拾いきれない言葉の豊かさを、書肆侃侃房は丁寧に形にしてきた。当店には同社の別の作品も並んでいる。その文脈のなかで、ぜひこの小津夜景の一冊も手に取っていただきたい。

こんな人に読んでほしい

  • 読書が好きで、本そのものについて書かれた本が好きな人
  • 言葉や翻訳の問題に興味がある人
  • 俳句や詩に関心はあるけれど、どこから入ればいいかわからない人
  • 日常の中に「不思議」を見つけることに喜びを感じる人
  • 異国で暮らすこと、言語をまたいで生きることに関心がある人
  • 独立系出版社が作る本の世界が好きな人

入荷情報

現在、当店では本書の仕入れを準備しています。入荷次第、Yahoo!ショッピングおよびShopifyにて販売を開始いたします。入荷をお待ちの方は、このページをブックマークしておいていただけると嬉しいです。

「書庫に水鳥がいなかった日のこと」——その日に何があったのか。その問いへの答えは、ぜひご自身でページをめくって確かめてみてください。きっと読後には、あなたの書庫が少し違って見えるはずです。

書肆侃侃房刊・小津夜景著